より高度に使うためのヒント
パソコンには、ワープロ、表計算、ウェブブラウザ、音楽再生、グラフィック制作、動画編集、
さらにはゲームまで、さまざまなアプリケーションがあります。
その中でも「仮想マシンソフト」や「エミュレータ」といったツールは、比較的扱いが難しく、
使いこなすには一定の知識と技術が求められます。
実際、多くの方は最低限の環境構築に満足し、そこから先に踏み込むことなく終わってしまうケースも少なくありません。
近年では、初心者向けの導入手順や設定ガイドなども充実してきており、それ自体は喜ばしい傾向です。
しかし一方で、中級者や上級者向けの情報はあまり多くなく、
ツールの持つ本来の可能性や奥深さに気づかないまま終わってしまうこともあるように感じます。
そこで今回は、そうした方々を対象に、「より高度に活用するためのヒント」を私なりの視点からご紹介したいと思います。
「知識」そのものというよりは、「考え方」や「視点」を中心にお伝えできればと考えています。
◆エミュレータに求めるべきはリアル?バーチャル?
「エミュレータなんて仮想なんだから、バーチャルに決まってるでしょ?」
そう思った方、ちょっと待ってください。少し例え話を交えて、お話させてください。
日本で古くから親しまれている時代劇のひとつに『水戸黄門』があります。
17世紀を舞台に、20世紀以降に制作・放映されているわけですから、これはフィクション、つまり「バーチャル」であることは間違いありません。
主人公の徳川光圀は実在の人物ですが、実際には関東地方を出たことはなかったそうです。
助さん・格さんにもモデルとなった人物はいますが、共に学者だったと言われています。
つまり、登場人物は史実に基づいていますが、ストーリー自体は演出を加えたフィクションであり、「バーチャルな物語」と言えるでしょう。
とはいえ、時代劇の中にスマートフォンを持った人物が出てきたり、車に乗っていたりすることはありませんよね?
町並み、言葉づかい、食事、風俗、世相、など「当時はこうだった」という史実に基づいて、可能な限り「リアル」を追求します。
「もしこの時代にこんな人物がいたら面白い」「こんな展開があったら痛快だ」そんな脚色は許されますが、
時代考証に完全に反するような要素は、いくらフィクションでもNGになります。
一方、時代劇の中にも、型にはまらずフィクション性をさらに高めた作品もあります。
古くは自衛隊が戦国時代にタイムスリップする『戦国自衛隊(1979年)』や、
最近の『侍タイムスリッパー(2024年)』では、幕末の侍が現代の時代劇の撮影所にタイムスリップします。
現実では絶対に起こり得ないことだと分かったうえで、「もしもこんなことが起きたら?」という想像を楽しむ、
そういった作品は、よりバーチャルな世界を求めたものと言えるでしょう。
つまり、ひとくちに時代劇といっても、史実に忠実な「リアル志向」のものから、
大胆な設定を楽しむSF的な「バーチャル志向」のものまで幅広く存在します。
これと同じことが、エミュレータの世界にも言えるのです。
■リアルを求めるエミュレータの使い方
たとえば、PC-9801のエミュレータを使う場合、当時のOSはMS-DOSや初期のWindowsになります。
MS-DOS 3.3の時代に使用されていたアプリケーションやハード構成など、
実機を体験していた世代であれば記憶を頼りに、若い世代であれば資料や発売日などを調べながら、
「当時はこうだった」に近づけようとします。
これが、エミュレータにおける「リアルを求める」アプローチです。
コスト的な問題や故障などの理由から実機を所有できず、やむなくエミュレータを使う、
そのような方にとっては、これだけでも十分に価値があります。
■バーチャルを活かす使い方
しかし、エミュレータを使い込んでいくうちに、「実機ではできなかったことをやってみたい」と思うこともあると思います。
たとえば、ハードウェアを贅沢に使うこと。
PC-9801の時代、10MB以上のメモリを搭載していた人はほとんどいなかったでしょう。
PC-9821でも、100MB以上というのは稀だったと思います。
それが、エミュレータ(Neko Project IIなど)では1GB以上のメモリを簡単に使えます。
私自身、90年代前半に5万円ほどの1MB拡張RAMボードを取り付け、
本体とあわせて1.6MBで運用していた経験があるので、10MB以上に設定するのは、
あの頃の自分に少し「申し訳ない」気もします。
でもそこは仮想の世界。夢の中で高級車に乗って、海外旅行して、好きなものを食べる、
そんな感覚で「好きなことをしてみる」のも、エミュレータならではの楽しみ方です。
誰にも迷惑はかかりませんし、自己破産のリスクもありません。
◆内部アプローチと外部アプローチ
「内部アプローチ?」「外部アプローチ?」と聞いて、ピンとこない方がほとんどだと思います。
それもそのはず、これは私が個人的に使っている造語です(笑)。
でも、エミュレータならではの利便性を説明する際にとても便利な考え方なので、今回はその紹介をさせてください。
実機とエミュレータの違い
現代のエミュレータは、可能な限り実機と同じ動作をするよう進化してきました。
そのため「実機でもエミュレータでも大体同じことができる」という認識は正しいです。
しかし、エミュレータには「エミュレータにしかできないこと」も確かに存在します。
多くのユーザーが、それを感じたことがあるのではないでしょうか。
例えば、エミュレータでの作業が面倒に感じたとき、ホストマシンの機能を使って“楽をする”ことができます。
これは実機では絶対にできない、エミュレータならではの特権です。
フロッピーディスクの複製作業を例に考えてみましょう。
【実機の場合】
・空のフロッピーディスクを用意する
・ドライブに挿入し、フォーマットする
・コピー元ディスクを挿入し、DISKCOPYコマンドを実行
・コピー完了後、それぞれのディスクを取り出す
【エミュレータ(内部アプローチ)の場合】
・実機とほぼ同じ手順をエミュレータ内で再現します。
・仮想フロッピーの挿入・取り出し、コマンドの実行など、すべてをエミュレータ上で行います。
【ホストマシン(外部アプローチ)の場合】
・コピー元のイメージファイルを複製して、名前を変えるだけ。
・わずか数秒で完了。
つまり「内部アプローチ」「外部アプローチ」とは、こういうことになります。
内部アプローチ:エミュレータ内で実機と同じ操作を再現する方法。
外部アプローチ:エミュレータを一切起動せず、ホストマシンの機能を使って目的を達成する方法。
実機の操作を忠実に再現したい
エミュレータの使い方を学びたい
→ 内部アプローチが向いています。
単純に作業を効率化したい
時間を短縮して結果だけ得たい
→ 外部アプローチが便利です。
「内部アプローチ」と「外部アプローチ」に優劣はありません。どちらが正解という話ではないのです。
エミュレータの最大の魅力は、状況に応じてアプローチを選べる柔軟さにあります。
ちなみに、私が個人的に使っている造語は、ほかにもいくつかあります。
EDITDISK のようなディスクイメージを編集するツール、
VFIC のようなディスクイメージ変換ツール、
16ビットモジュールを 32 ビット・64 ビットに変換するツールなど、
仮想環境をより便利に活用するためのツール群もあります。
私はこれらを「外部アプローチツール」と呼んでいますが、最近では「エクスターナルツール」という呼び方も気に入っています。
また、VirtualBox のドラッグ&ドロップや共有フォルダ機能、
Neko Project II の NP2TOOL に含まれる HOSTDRV.COM、
MX6 のエミュレータ拡張ドライバWindrvXM.SYSなど、
ホストとゲストの間でファイルの受け渡しをスムーズに行うツール群については、
私は「ゲートウェイツール」という名前で分類しています。
仮想世界と現実世界の間を行き来する“入り口”という意味合いです。
◆仮想環境の柔軟性を活かした“裏技”テクニック集
仮想マシンソフトの、ややチートな使い方についても説明致します。
※以下に紹介する内容は、あくまで仮想環境の「技術的可能性」と「柔軟性」を紹介するものであり、
いかなる違法行為やライセンス違反を推奨・助長するものではありません。
利用にあたっては、各種ソフトウェアやサービスの利用規約・ライセンスを尊重し、
自己責任のもとで適切な範囲でご活用ください。
少し固い文章になってしまいましたが、要するに「やれない」と「やらない」の区別ができない方は、
この章は参照しないでください、ということです。
VirtualBoxを例にとってお話しましょう。
VirtualBoxは仮想マシンソフトの中では比較的後発ですが、
以前に使っていたものから乗り換えるきっかけとなるほど、
私が個人的に一番気に入っているのは、スナップショット機能です。
最も基本的な使い方は、一定の作業終了後にスナップショットを取って、世代を重ねることです。
@OSインストール
A基本設定(ドライバ・サービスパック・解像度など)
B各種アプリインストール
実機では致命的なエラーでOS起動もできなくなったらOSの再インストールとなりますが、
仮想では@に戻すだけでOKです。作業後にスナップショットを取ることで何度も同じ操作を繰り返す面倒をなくせる、ということです。
自分が使っているアプリやデスクトップを見られたくないような場合にAに戻って画面共有を行う、というようなことも可能です。
普段の作業でも、適宜スナップショットを保存しておけば、そこが起点となり、
その後の作業は、新たなスナップショットを保存しない限り、簡単に「なかったこと」にできます。
まずは実行してみて、「行ったことにする」か「行わなかったことにする」かを後から選べる、これが最大の魅力です。
Windowsの「復元ポイント」という機能がありますが、これは時系列的には一次元のものしかなく、
ポイントを随時設定しても、どこか一点にしか戻れないという制約があります。
あくまでアプリのインストール・アンインストールの管理をしているだけで、データやレジストリなどの情報が残って
完全に戻ることはできないケースが多々あります。
これに対して バーチャルボックスのスナップショットは Tree状に自由に保存ができ、そのどこへでも戻ることができます。
ひとつのOSに、事務用・開発用・ホビー用など、同居させたくないアプリを分けてインストールし、
あたかも複数台あるかのような使い方ができ、そのそれぞれの環境でまた復元ポイントを設定しながら環境を構築できる訳です。
また、マシン状態を丸ごと保持するので、その時の状態が完全再現できるのも大きな利点です。
出所のわからないフリーソフトなどを試用する場合に、仮想マシン上で実行し、
問題があれば前回スナップショットに復元することで、作業そのものをなかったことにできます。
アングラなサイトにアクセスしたいとき、仮想マシン上に個人を特定する情報など、
流失しては困るデータ等は一切置かない環境を作ります。
その状態でスナップショットを取ってからアクセスすることで、情報漏洩の心配は不要にできて、
仮にウイルス感染しても前回のスナップショットに復元すれば、何もなかったようにできます。
※細かい注意を加えておきますと、こちらのIPアドレスくらいは特定されるリスクはありますし、
データを書き込んだり送信したら漏洩しますので、コンピュータの一般常識レベルの知識は絶対不可欠です。
その上で、危険を冒さざるを得ない際の盾となってくれる訳です。
最近は Tor(トーア)ブラウザのような匿名性の高いツールもありますが、
あれはあれで初心者が無防備で立ち入るのは危険なエリアです。
その件は別の機会で詳しく話せたらと思います。
使用制限のあるアプリを無制限に使うということも可能です。
例えば 今月いっぱいで試用期間が終わるというアプリを、
システム日付を過去日に戻すことで永遠に使い続けるというようなことです。
それから機能制限があるソフト、例えば「保存は5回まで」というような制限があるものは
アプリインストール直後に スナップショットを取っておいて5回保存したらインストール直後に戻す、
これで何回でも保存ができてしまいます。
もっともこうした方法は 仮想だけでできる訳ではなく 実機でも同様の操作は可能ですが、
ただ環境に独立性を持たせたり特定の状態に戻したりする機能が充実している仮想環境では、
より簡単確実に実施できるということです。
スナップショット機能がないエミュレータなどでも、ハードディスクイメージファイルの複製が
バックアップ(スナップショット)と同等に扱えますので、同一OSでもいろいろな状態を持って
より高度に使いこなすことが可能です。
そのために私は、ホストマシンのメモリは2倍、ディスクは3倍くらいを目途にマシンを購入しています。
そこに仮想環境を充実させて複数台の機能をもたせることで、実機を何台も用意するよりは
コストパフォーマンスを上げられることを実感しています。
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